里地里山、草原、ため池、二次林といった古くからヒトが管理してきた土地には多くの固有の生物が住み着いています。近年、そのような古くからヒトが管理してきた土地が過疎・高齢化や人口の減少によって、放棄されることが全国的に増えています。伝統的な管理によって維持されてきた土地が放棄されることは、管理によって抑えられていた植生の遷移が進むことなどを通じて、その生態系の生物多様性の大きな脅威となります。このような危機へ対策を講じる上では、まず放棄によってそこに住む生物種それぞれがどの程度絶滅しやすいか(絶滅リスク)を適切に理解しておくことが必要です。
これまでの研究から、ヒトにより管理されていた生態系が放棄された場合に、生物がどのくらいその生育場所から姿を消しやすいか(脆弱性)が生物種によって異なることはわかっていました。しかし、放棄による生物種の絶滅リスクには、生物種の間の脆弱性の違いのみならず、それぞれの生育地の放棄されやすさの違い(=管理体制や管理に関わる人数といった生育地の管理に関わる社会条件の違い)によっても大きく変わる可能性があります。
そこで、本研究は兵庫県淡路島のため池201個を対象とした野外調査のデータを用いて水草64種の絶滅の推移をシミュレーション解析し、水草の種類による脆弱性の違いと生育地(ため池)の放棄されやすさの違いのそれぞれが水草各種の絶滅リスクの評価にどのような影響を及ぼすかを検証しました。
一般的に、種の絶滅リスクは個体数がより少ない(あるいは、出現地点が少ない、分布域が狭い)ほど高いと考えられています(図1)。しかし、解析の結果、ため池ごとで放棄されやすさが異なるため、現時点で、出現地点が少ない種類が必ずしも将来、絶滅するリスクが高いとは限らないことが明らかになりました(図2, 3)。
また、水草の種間の脆弱性の違いよりもため池の放棄されやすさの違いの方が、絶滅リスクの評価に大きく影響していました(図3)。つまり、水草の種類による性質よりもヒトの営みが、水草の絶滅リスクを左右していたということです。さらに、放棄されやすさの違いを考慮しなければ、絶滅リスクを誤って評価してしまう可能性の高い水草が存在することも明らかになりました。例えば、開発や富栄養化に比較的強い抽水タイプの水草は、放棄されにくい池に分布が集中しやすいため絶滅リスクを過大に、反対に貧栄養な環境を好む浮遊タイプの水草やレッドリスト掲載種は、放棄されやすい池に分布が集中しやすいため絶滅リスクを過少に評価してしまう傾向がありました。これらのことから、管理放棄に対する生物の絶滅リスクをより正確に評価するには、個体数や出現頻度、分布域の広さのみに注目するだけでなく、生育地の管理に関わる社会条件違いを考慮することが欠かせないことが示唆されました。